1941年支給、ドイツアフリカ軍団『トロピカル モーターサイクルコート』になります。
スーパースペシャルアイテムの入荷です。
ドイツアフリカ軍団(Deutsches Afrikakorps = DAK)とは、第二次世界大戦期にドイツ国防軍(Wehrmacht)陸軍(Heer)の一部として編成され、北アフリカ戦線に投入された "遠征軍(expeditionary corps)" です。
1940年末〜1941年初頭にかけてイタリア軍がリビアで苦境に陥ると、ドイツ側は北アフリカへの兵力派遣を決定し、この派遣はドイツ側の作戦名『Sonnenblume(サンフラワー)』として構想・協議されていきました。
そして1941年2月、"Erwin Rommel(エルヴィン・ロンメル)" がリビアに到着し、イタリア軍の戦線を立て直すという当初目的のもとでDAKは実戦投入されます。
北アフリカ戦は、砂漠という地理条件が "戦術" だけでなく "兵站" そのものを支配する戦場でした。
補給は地中海を越えて主にトリポリ(Tripoli)へ集積され、そこから延々と続く海岸道路で前線へ送られる——この一点に依存する脆さは、DAKの作戦を常に制約し続けます。
それでも戦争初期、DAK(および枢軸軍)は機動戦を軸に戦線を押し返し、1941年にはトブルク(Tobruk)包囲戦へと戦局が移行。
トブルクは同年4月〜8月にかけて要塞化された拠点として包囲され、ドイツ=イタリア軍(ロンメル指揮下)がこれを圧迫し続けた事が、北アフリカ戦線の象徴的局面の一つとなりました。
しかし1942年後半、戦局は決定的に傾きます。
エル・アラメインの攻防と、さらに連合軍の北西アフリカ上陸(トーチ作戦)によって、枢軸軍は挟撃される構図となり、DAKを含む部隊はチュニジアへ後退。
最終的に1943年5月、チュニジア戦の終結とともに北アフリカの枢軸軍は降伏し、DAKも "約2年余り" という短い期間でその活動に終止符を打つ事になります。
DAKを冠するアイテムは、単なる部隊名ではなく、『遠征』『砂漠』『補給線』『短期決戦の夢と現実』といった、戦場の条件そのものを背負った歴史の断片として、装いに強い物語性を与えてくれる存在と言えるでしょう。
そんなドイツアフリカ軍団にて、北アフリカという熱帯地域のモーターサイクル部隊に支給されていた "Tropical Motorcycle Coat" のご紹介です。
またスタイリッシュな外観から軍隊内でも人気が高く、汎用性にも優れていた為、二輪部隊以外の兵にも広く着用されていたそうです。
国内外問わず現存数が非常に少ない事からも、初見の方も多いのではないでしょうか。
ヨーロッパミリタリーのモーターサイクルコートと言えば、フランス軍のモデルが有名で広く知られているかと思います。
"モーターサイクル部隊" 向けに支給されたという点では用途は同じですが、生産を請け負う国や活動地域の違いによって、全く異なる雰囲気に仕上がる事が伺えますね。
フロント上部には、左右2つずつボタンが配置されています。
ですので、身体を覆う様にボタン留めをしても良し、左右の襟先にはそれぞれボタンホールが設けられていますので、大きなラペルカラーの様に留めて頂くのも良いかと思います。
それぞれ違った雰囲気で楽しめますので、ご着用時の気分によって使い分けして頂ければ幸いです。
フロント中部には、むき出しボタン留めのフラップポケットが配置されており、右胸には斜めに切り込まれたスラッシュポケットも完備。
オーバーコートには空気循環を可能にする通気口が多く設けられており、また車両に乗っている際に足をより自由に動かせる様、裾後部にはボタン留め(スリット)が付属しています。
内部はほとんど裏地を持たない仕様ですが、背面上部の内側にはメッシュが配されており、恐らく背中への強い日差しを和らげつつ、同時に大きな背面フラップから通気を確保する役割を担っていたのかと思います。
また、風の侵入を防ぎ、襟を立てて着用する事を想定した "チンストラップ" が付属している点も評価出来るポイントではないでしょうか。
チンストラップが付いているのと、付いていないのとでは雲泥の差。
襟を立てて着用した時の高揚感・雰囲気は別格です。
内側には当時のスタンプも目視でもはっきり確認出来、ドイツ軍では多くの個体に5つの数値(数字の組)がスタンプされているとされています。
・左上の数値:腰丈、またはヒップ付近までの長さ
・右上の数値:襟のサイズ、または首回りの長さ
・中央の数値:胸周り(胸幅)
・左下の数値:全長
・右下の数値:袖丈
とされており、これらは全てセンチメートル表記です。
熱帯地域での着用を想定した、比較的薄手・軽量で柔らかい質感の、平織り "コットンリネン" 混紡生地を採用。
前述の通り薄手の生地感ですので、真冬以外の幅広いシーズンでご着用頂けるかと思います。
裾に向かって広がっていく強烈なAラインは、着用時のシルエットが非常に綺麗で優雅。
どの角度から見ても、溜め息が出る程に美しいシルエットです。
希少性だけでなく、ファッションアイテムとして見た時にも非常に格好良い1着かと思いますので、是非とも気兼ね無く着用して頂きたいです。
サイズ表記は "42 / 49 / 96 / 126 / 65"
日本サイズで "L ~ XL" 程度に該当するかと思います。
実寸値を見ても大きなサイズ感となりますので、大きな体型の方でも問題なくご着用頂けるかと思います。
ミリタリーアイテムらしく、大きめのサイズ感でガバッと羽織って頂いても格好良いかと。
元々制服の上から着用する事を想定とした、オーバーコートの用途で作られていますので、基本的にどの個体に関してもサイズ感は大きくなっています。
アームホール・身幅共にたっぷりとした作りとなっていますので、様々な体型の方にお楽しみ頂ける一着かと思います。
生地特有のアタリ・汚れ・破れ・ボタン欠損等の使用感はありますが、着用に問題のある大きなダメージ見受けられませんので、まだまだご着用頂けるかと思います。
近年、とりわけドイツ軍アイテムへの注目は一段と高まっています。
一方で、歴史的背景も相まって現存数は極めて少なく、需要に対して供給が追いついていないのが実情です。
熱狂的な愛好家が一定数存在する分野でもあり、コレクターが手放しにくい "垂涎のアーカイブピース" である事は間違いありません。
ましてや1941年〜1943年という、僅か2年間の採用期間となれば、球数が少ないのは容易に想像が付きますね。
お金を出せば買えるような代物ではなく、今後入荷できるかも確約が出来ません。
ワードローブとしては勿論、コレクションアイテム・デザインソースとしても申し分ない1着。
国内外問わず滅多にお目にかかれない逸品かと思いますので、探されていた方や珍しいアイテムが好きな方はこの機会をお見逃しなく。