推定1950年代頃、フランス軍『カモフラージュ リテイラード ウィンドプルーフジャケット』になります。
スーパースペシャルアイテムの入荷です。
まず何より、このコンディション。七十年前のミリタリーウェアとは思えない状態で残っていました。
以前ご紹介したトラウザーズの、組上にあたるジャケットになります。
下は入荷した事があるのですが、上は当ショップでは今回が初めてです。
ベースとなっているのは、英国軍が採用した "Windproof Pattern" の生地。
デニソンスモックの亜流として用いられた、筆で刷いたような大胆な柄が特徴の迷彩になります。
ブラッシュストロークと呼ばれるこの柄は、型で抜いた斑ではなく、まさに刷毛で塗り重ねたような濃淡の重なりが持ち味なんですね。
ではなぜ、英国の生地で仕立てられた一着がフランス軍の物なのか。
ここが当個体の最も面白いところで、アルジェリア戦争期のフランス軍における、極めて特殊な事情に関わってきます。
当時のフランス軍では、支給された軍装を個人が街の仕立て屋へ持ち込み、自分の体格や好みに合わせて仕立て直すという慣習がありました。
勤務用に、外出用に、時には式典用に。そして驚くべき事に、実際の戦闘行動中にもこの改造品が着用されていたとされています。
アルジェの著名な仕立て屋が、部隊からの注文で軍装を大量に改造していたという記録も残っています。
ウエストの調整、ベルトループの新設、ポケットの追加、シルエットの細身化。
改修の内容は実に多岐にわたりました。
そして当個体の内側には、緑地に金糸で刺繍されたラベルが縫い付けられています。
『SADOWY / MAITRE TAILLEUR』
"MAITRE TAILLEUR" とは、フランス語で「親方仕立て屋」の意。
つまりこれは、一人の職人が自らの名を刻んで送り出した一着だという事なんですね。
軍から支給された既製品には、決してこのラベルは付きません。
英国の生地を、フランスの兵が着るために、アルジェの職人が仕立て直す。
三つの土地が一着の中で交差している。
こんな服が他にあるでしょうか。
モデルを特徴づけるディテールを、順に見ていきましょう。
襟は、小ぶりで端正なポイントカラー。
軍装らしからぬ品の良さがあり、この一点で全体の印象が随分と穏やかになっています。
両肩にはエポレット、いわゆる肩章が備えられています。
本来は階級章を留めたり、装備のベルトが肩から滑り落ちるのを防ぐ為のもの。
当個体では、その名残が意匠として美しく効いてくれています。
フロントはジップアップ仕様。
スライダーには "ECLAIR" の刻印が入っており、経年で飴色に育った真鍮の風合いが実に良いんですよ。
エクレールはフランスを代表する老舗ファスナーメーカーで、この刻印が入っている事自体が、当個体がフランスで仕立てられた何よりの証になります。
両胸には、ボタン留めのフラップポケット。
マチ代わりのプリーツが入っていますので、物を入れると程よく膨らんでくれます。
そして是非とも注目して頂きたいのが、左の前立てにだけ配された縦型のジップポケット。
右側には同じものがありません。
裾はゴムシャーリング仕様。
絞られる事で上半身に丸みが生まれ、ブルゾンらしい軽快なシルエットを作ってくれています。袖口はボタン留めのカフスで、こちらも手首をきちんと締められます。
生地は、薄手で滑らかなコットンツイル。
ウィンドプルーフの名の通り、目を詰めて織る事で風を通さない設計になっています。
厚みは無いのに風は防ぐ。この機能性が、当時の英国軍が到達した答えだったわけですね。
触れるとサラサラとしていて、密度の高さゆえの張りがあります。
薄手ですので、春秋はもちろん、夏の夜の羽織りものとしても活躍してくれるかと思います。
この手の高密度コットンは、着込むほどに柔らかさを増し、迷彩の輪郭も少しずつ淡くなっていきます。
当個体は状態が良いぶん、育てる余地が存分に残されているのが嬉しいところではないでしょうか。
カラーは、ブラウンとオリーブ、そしてピンクベージュから成るブラッシュストロークカモフラージュ。
斑点が並ぶタイプの迷彩と違い、大きな面が緩やかに重なる柄ですので、遠目にはアブストラクトな絵画のようにも見えます。
色数が抑えられている事もあって、迷彩でありながら実に落ち着いた佇まいなんです。
ブラウンが主体ですので、意外なほど合わせやすいのも魅力かと思います。
ベージュのチノやブラックのスラックス、どちらに合わせても喧嘩しません。
着丈が短くコンパクトにまとまっていますので、一枚で羽織って頂くのが最も格好良いかと思います。
柄が主役を張ってくれますので、他はシンプルにまとめて頂くのがお勧めです。
サイズ表記は無いのですが、実寸から見るに日本サイズで "S ~ M" 程度に該当するかと思います。
元々着用者の体格に合わせて仕立て直された個体ですので、軍装としてはかなりすっきりとした寸法になっています。
アームホールも細めですので、細身の方に特にお勧めしたい一着かと思います。
ほつれ・小穴等の使用感はありますが、着用に問題のある大きなダメージは見受けられませんので、まだまだご着用可能かと思います。
繰り返しになりますが、七十年前のアルジェリア戦争期の一着としては、驚異的とも言える状態の良さです。
この生地を織っていた英国の工場も、これを仕立てたアルジェの仕立て屋も、既に存在しません。
そして何より、軍から支給された服を街の職人に持ち込んで自分好みに直す、という文化そのものが消えてしまいました。
同じものを作る事はできても、同じ経緯を持つ服は二度と生まれないんですね。
英国の生地に、フランスの兵。そしてアルジェの職人の名前。
資料性と実用性を兼ね備えた、文字通り "語れる" 一着かと思います。
市場に出る機会そのものが極めて限られる一着となりますので、お探しの方がいましたら、この機会をどうぞお見逃しなく。