推定1990年代頃、HELMUT LANG(ヘルムート ラング)製『ブラックコットン 4ポケットジャケット』になります。
当店のオンラインショップでは、ヘルムートラングの取り扱いはこれが初めてになります。
最初の一着がこれで良かった、と思える個体です。
HELMUT LANG(ヘルムート ラング)とは、1956年にオーストリア・ウィーンで生まれたデザイナー、"Helmut Lang(ヘルムート・ラング)" 本人の名を冠したブランド。
彼は服飾の学校を出ていません。
独学で服を作り始め、1979年にウィーンで小さなアトリエ兼ブティックを構えたところから、すべてが始まりました。
1986年、パリコレクションでのデビュー。
そこから90年代を通じて、この人はファッションの語彙そのものを書き換えていく事になります。
装飾を削ぎ落とした細身のシルエット、工業用のテープや反射材といった、それまで服には使われなかった素材の導入、そしてミリタリーやワークウェアといった制服の構造を解体して都市の服へ組み替える手つき。
今では当たり前になった「ミニマルでモードな服」という感覚は、この人が作ったと言っても大袈裟ではないんです。
1997年には拠点をパリからニューヨークへ移し、1999年にはプラダグループが資本参加。
そして2005年、ラング本人はブランドを去り、以後は現代美術の作家として活動しています。
つまり、本人が指揮を執っていた時期は既に閉じている訳ですね。
いわゆる「本人期」という言葉が、これほど切実な意味を持つブランドも他にありません。
さて、今回ご紹介する当個体には、内側に白い織りネームが残されています。
"HELMUT LANG" のロゴの下に、"PRODUCED IN 19◯◯" の一行。
製造年を服自体に刻むというこの表記は、90年代後半のラングを象徴するディテールで、当個体は1998年の製造と読み取れます。
まさに本人期の只中に作られた一着です。
デザインの下敷きになっているのは、アメリカ軍のジャングルファティーグでしょうか。
ベトナムの高温多湿な戦地に向けて作られた、4つのポケットを持つ軍用シャツジャケットです。
胸に二つ、腰に二つ。
いずれも角を落とさない直線的な形で、マチが取られているので物を入れると立体的に膨らみます。フラップはボタン留めで、こちらも角ばったまま。
無骨さをあえて残した処理ですね。
ところが前合わせを見ると、印象が一変します。
表に出ているボタンは襟元の一つだけで、その下はすべて比翼仕立て。
比翼とは留め具を布の裏側へ隠す仕立ての事で、これによって前身頃の面が一枚の平面として立ち上がります。
軍服の機能をそのまま持ってきておきながら、留め具だけを消して静けさを与える。
この引き算こそがラングの手つきなのだと思うんです。
袖には肘の上あたりに横の切り替えが入り、袖口はボタンタブで留める仕様。
そして裾の左右にも同じくボタンタブが付き、腰まわりの落ち方を調整出来ます。
裏地は持たないアンライニング仕立てで、内側から見ても縫い代の始末が実に静かです。
生地はコットンのサテン地。
綾織よりも糸の浮きが長い織り方で、指を滑らせると引っ掛かりが一切なく、するりと抜けていきます。
そこへ製品染めと洗い加工が掛かる事で、折り皺の走った箇所から白く色が抜け、まるで長年着込まれたかのような表情が生まれています。
この加工が施された生地は、実際に着込む事でさらに変化していきます。
肘の内側、ポケットの口、裾の折り返し。
摩擦が集まる場所から順に黒が抜けて、数年後には自分だけの陰影が浮かんでくるはずです。
カラーは、褪色の進んだブラック。
真っ黒ではなく、灰を含んだ墨のような黒で、光の当たり方によってはチャコールにも見えます。
この曖昧さが実に良くて、黒特有の重さや緊張感が抜け、日常の服として肩の力が抜けた佇まいになってくれます。
黒の服が持つ気難しさが苦手な方にこそ、この色を見て頂きたいところです。
白いシャツの上に羽織って、下はグレーのスラックス。
それだけで様になりますし、インナーを黒で揃えれば全体が一段静かに沈んでくれます。
ミリタリーの構造を持ちながら、着てみるとまるでミリタリーに見えない。
この不思議なバランスが、日々のスタイリングで何より効いてくれるのではないでしょうか。
サイズ表記は "50"
日本サイズで "L" 程度に該当するかと思います。
身幅にはやや余裕を持たせつつ、着丈は長めに取られています。
ニットを一枚仕込んでも肩が窮屈になる事はないかと思います。
生地特有のアタリ・褪色等の使用感はありますが、着用に問題のある大きなダメージは見受けられませんので、まだまだご着用可能かと思います。
ブランド自体は今もニューヨークで続いていますが、ラング本人が形にした服は、もうこれ以上増える事がありません。
流行の中心にいた人が、流行に見えない服を作っていた。
その事実を確かめられる一着ですので、この機会にぜひ手に取ってみて頂ければ嬉しく思います。