推定1940年代頃、フランス製『ブルーコットンツイル ダブルブレスト ワークジャケット』になります。
スペシャルアイテムの入荷です。
左胸に、赤い糸で "BARONNET.A" と "396" の刺繍。
この一着が誰のものだったのかが、はっきりと残っているんです。
当時のフランスでは、工場や共同洗濯場に作業着を預ける際、取り違えを防ぐ為に名前や番号を自分で縫い付ける習慣がありました。
"BARONNET" が姓で、"A" が名前の頭文字。そして "396" が、恐らく洗い場で割り振られた番号でしょうか。
面白いのは、内側の裾にもう一つ、別の小さなタグが縫い付けられている事です。
そちらには "G.B." と "27" の文字。つまりこの一着は、少なくとも二人の手を渡り歩いてきた可能性が高いんですね。
八十年前の誰かが着て、また別の誰かへ渡り、今こうしてここにある。
ヴィンテージを扱っていて一番胸が高鳴るのは、こういう瞬間かもしれません。
そして形もまた、フレンチワークをお好きな方なら誰もが憧れる一つの到達点です。
前身頃に二列のボタンが並ぶ、所謂 "ダブルブレスト" 仕様。
ダブルブレストのカバーオール自体は市場でも度々見掛けますが、そのほとんどが50年代から60年代の個体です。
それより古い年代のコットンツイル製となると、これが意外なほど残っていないんですね。
年代を語ってくれる手掛かりは、細部にいくつも見つかります。
まず、丸く大きく取られた襟。
角を落とした柔らかい曲線は、古い年代のフレンチワークに共通する意匠で、後年になるほど直線的に変わっていきます。
そして背面。
肩甲骨の下を回り込むように、大きく弧を描いたバックヨークが入っています。
腕の可動域を確保する為の切り替えですが、この滑らかな曲線を出すには型紙も縫製も手間が掛かる訳で、後の時代には直線的なヨークへ簡略化されていきました。
肩線も、後ろへわずかに下がって付けられています。
人の身体は前に向かって動く、という当たり前の事実に従った古い仕立ての作法で、これがある個体は、着た時の背中の収まりが本当に良いんです。
ポケットは、左胸に一つと両裾に一つずつ。
飾りは一切なく、必要な数だけが必要な位置に置かれています。
ボタンにも物語があります。
並んでいるのは、メタル製ボタン、褪せた茶色のコロゾボタン、そして黒いボタン。
素材も色も見事にバラバラで、これは失くす度に手元にあるもので付け替えてきた証拠に他なりません。
揃っていない事が、この個体では美点になっている。
誰かが直しながら着続けたという事実が、そのまま前立てに並んでいる訳ですね。
生地は、目の詰まったコットンツイル。
硬く張りのあったはずの綾織が、洗濯と着用を数え切れないほど繰り返された結果、今では驚くほど柔らかく、しっとりと手に馴染みます。
肩や袖には白く抜けたアタリが浮かび、背中の裾には青い糸で繕われた補修跡も残っています。
カラーは、フレンチワークの代名詞であるインクブルー。
陽に灼けた部分は白茶け、影の部分は深い藍のまま。
一枚の中に濃淡の幅があり、正面から見た時と背中を見た時とで、まるで違う青に見えます。
そこへ赤い刺繍が一点だけ入る事で、全体がぐっと引き締まりますし、可愛らしさすら感じられるのではないでしょうか。
白いシャツやボーダーのカットソーの上に、さらりと羽織って頂くのが一番かと思います。
下は黒でも生成りでも構いませんが、この青を主役にする組み合わせをお勧めします。
サイズ表記は無いのですが、日本サイズで "XS~S" 程度に該当するかと思います。
当時のフランス人の体格に合わせた、かなりコンパクトな作りです。
身幅も着丈も控えめですので、小柄で細身の男性の方、あるいは女性の方にちょうど良いサイズかと思います。
褪色・汚れ・リペア跡・ボタンの付け替えや欠損等の使用感はありますが、着用に問題のある大きなダメージは見受けられませんので、まだまだご着用可能かと思います。
前身頃には黒い染みや白い塗料の跡が点在し、ボタンも一部が当時のものではありません。
ただ、これらを欠点として数え始めると、この一着の魅力は半分も伝わらないように思います。
生地は今も織れるのかもしれません。
ただ、胸に縫い付けられた赤い名前と、直しながら着続けた誰かの八十年だけは、お金では買えないんですね。
その続きを引き受けてくださる方に、お渡し出来たら嬉しく思います。