推定1940年代頃、フランス製『ラグランスリーブ ブラウンコットン プルオーバーサイクリストジャケット』になります。
スーパースペシャルアイテムの入荷です。
いやぁ、これは役満です。
3/4丈のフロントジップ、水平に切られた胸のジップポケット、そしてウエストバンドに縫い付けられた刺繍タグ。
見たいものが全部揃ってしまいました。
サイクリストジャケットとは、その名の通り自転車に乗る人の為の上着になります。
戦前から戦後にかけてのフランスにおいて、自転車は競技であると同時に、労働者の足そのものでした。
毎朝これに跨って工場へ向かい、休日にはレースに熱狂する。国民的な乗り物だったわけですね。
ですからこの種の上着には、走る為の工夫が徹底して詰め込まれています。
前傾姿勢を取った時に腰が出ないよう背面を長く裁つ、風でめくれないよう裾を絞る、走行中に中身が落ちないようポケットにジップを付ける。
全て理由のある形なんです。
ウエストバンドの内側には、黒地に赤で刺繍されたラベルが残っています。
『GARANTI GRAND TEINT / B&C / VILLEFRANCHE s/s』
"GARANTI GRAND TEINT" とは「堅牢染め保証」の意。
洗っても陽に晒しても色が落ちない、という当時の作り手の誇りがそのまま織り込まれているわけですね。
八十年後にこの色が残っている事実が、この一文の正しさを証明しているように思います。
そして "VILLEFRANCHE s/s" は、リヨン近郊のヴィルフランシュ=シュル=ソーヌという街の名。
フランスにおける労働着生産の一大拠点として知られた土地になります。
この街の名がラベルに刻まれている、というだけで期待してしまうのが正直なところです。
モデルを特徴づけるディテールを、順に見ていきましょう。
まず、この個体最大の特徴が、フロントジップの長さです。
裾まで開くフルオープンでもなく、胸元で止まるハーフジップでもない。
前身頃のちょうど四分の三ほどまで下りたところで、ぴたりと止まっています。
つまり被って着るプルオーバーでありながら、開口部は十分に大きい。
頭を通す時のストレスと、風を防ぐ密閉性。その両立点をここに定めたわけですね。
この中途半端さこそが最も合理的だと考えた人がいる、という事実がたまらなく面白いんです。
そのジップは、コの字留めかつ片爪仕様の一際古いもの。
刻印は入っていませんが、この形状そのものが年代を語ってくれています。
両胸には、水平に切られたジップポケットを左右対称に配置。
フロントジップと合わせて三本の金属が縦横に走る様は、実用品でありながら図案的な美しさすら感じさせてくれます。
襟は、この年代には珍しい鋭角のポイントカラー。
同時代のフレンチワークには丸みを帯びた襟が多い中、当個体はきりりと尖っています。
この一点だけで、全体の印象がぐっと引き締まって見えるのではないでしょうか。
袖は、肩の切り替えを持たないラグランスリーブ仕様。
ハンドルを握って腕を前に出す姿勢でも、生地が突っ張りません。
袖口には等間隔のプリーツが寄せられており、その分だけ腕まわりに膨らみが生まれ、独特のシルエットを作ってくれています。
背面の裾には、左右にアジャスターベルトを配置。
絞れば風の侵入を断てますし、緩めればゆったりと羽織れます。
生地は、太番手の糸で織られたコットンキャンバス。
当初はさぞ硬かったのだろうと思いますが、八十年分の着用を経て、今ではザラつきを残したまま実に柔らかく育っています。
この「硬さの抜け方」は、新品からでは何十年かけても辿り着けない領域かと思います。
全体には既に美しいアタリが浮かんでいます。
畳み皺の線に沿って色が抜け、腕や背中には淡い濃淡の地図が描かれている。
ここから先も、着る人の動きに合わせてこの模様は増え続けることでしょう。
カラーは、温かみのあるライトブラウン。
キャメルと錆色の中間あたりの、実に落ち着いた茶になります。
茶という色は合わせにくいと思われがちですが、これくらい彩度が落ちていればむしろ万能。ネイビーともグレーとも、ブラックとさえ喧嘩しません。
そして特筆すべきは、着丈の短さです。
サイクリストジャケットの中でも際立って短い部類ですので、一枚で着ればスタイリングに軽やかな抜けが生まれますし、この上からコートを羽織ってもごわつきません。
短丈のアウターをお探しだった方には、これ以上ない選択肢になるかと思います。
サイズ表記は無いのですが、実寸から見るに日本サイズで "M" 程度に該当するかと思います。
着丈が短く身幅にゆとりのある、いわゆるボックスシルエット。
アームホールも太めに取られていますので、下にニットを仕込んで頂いても窮屈さは感じないかと思います。ボトムスにボリュームを持たせた合わせが、最も綺麗に決まってくれるのではないでしょうか。
生地特有のアタリ・擦れ等の使用感はありますが、着用に問題のある大きなダメージは見受けられませんので、まだまだご着用可能かと思います。
ヴィルフランシュの工場はもう残っていません。
何より、自転車に乗る為だけにここまで考え抜かれた上着を作る理由が、現代には存在しないんですね。
八十年前のフランスで、誰かがこれを着て毎朝ペダルを漕いでいた。
その用途をすっかり離れた今でも、これほど格好良く見える。
用のために生まれた形が一番美しい、というのは本当なのだと思いませんでしょうか。