1986年製、BURBERRYS(バーバリー)製『ワンピーススリーブ タイロッケンコート』になります。
スペシャルアイテムの入荷です。
コットン100%のメンズ合わせという、実はかなり条件の揃った一着です。
トレンチコートの前に、この服がありました。
1856年、ハンプシャー州ベイジングストークで織物商を開いたのが、トーマス・バーバリーという人物でした。
彼が1879年に完成させたギャバジンは、糸の段階で撥水処理を施してから高密度に織り上げるという発想で、「濡れないが蒸れない」という当時としては魔法のような性質を実現しました。
アムンゼン、シャクルトン、アルコックとブラウン。
極地と大空に挑んだ人々の装備リストに、この布の名は繰り返し登場します。
そして1912年。
バーバリーは、ひとつのコートで特許を取得しました。
ボタンを一切持たず、身頃を大きく打ち合わせて、たった一本のベルトで締め上げるだけ。
名を「Tielocken(タイロッケン)」——tie(結ぶ)と lock(留める)を繋いだ造語になります。
この設計の意味は、戦場で証明される事となりました。
ボタンは千切れる。留め忘れる。凍えた指では扱えない。ならば最初から無くしてしまえばいい。
第一次世界大戦の英国将校たちがこのコートを纏い、やがてそこから派生したのが、私たちのよく知るトレンチコートです。
つまりタイロッケンは、トレンチコートの父にあたる型なんですね。
バーバリーの歴史を語るうえで避けて通れない一着を入荷できた事を、素直に嬉しく思っております。
内側に縫い付けられているのは、紺地に白で織られた「'Burberrys'」のラベル。
REGD の表記、中央にはあの騎馬の紋章、下段に MADE IN ENGLAND。
タグ内の「W86C」という記載が、1986年製である事を示してくれていますね。
さて、モデルを特徴づけるディテールを見ていきましょう。
前を留めるものは、ベルト一本きりになります。
身頃を深く打ち合わせ、ウエストで締める。ただそれだけの構造なのですが、着てみると驚くほど隙がありません。
ベルトは身頃と一体になっており、バックルは燻んだ真鍮。
80年代のイングランド製らしく、金具の重さと表面の質感に妥協が見られません。
そして、内側にも仕掛けがございます。
裏地をめくって頂きますと、真鍮の鉤金具が二つ、噛み合うように配置されています。
これがタイロッケン特有の留め具で、外側のベルトを締める前に、まず内側でこの鉤を掛けて身頃を固定する仕組みですね。
着るという行為に、ひとつ手順が増える。その手間こそが、この服を特別なものにしているのだと思います。
ラペルは大きく開き、ストームフラップが右肩に重なります。雨が肩から入るのを防ぐ為の重ね布の事ですが、これがあると正面から見た時の表情に厚みが出るんですね。
ただし、エポレットはございません。ここが重要かと思います。
肩章というトレンチコートの軍装的な記号がひとつ外れるだけで、この服は一気に街の服へ寄ってくれる。
ミリタリーの緊張感を残しつつ、日常に着られる均衡が保たれています。
腰にはボタン留めのフラップが付いたハンドウォーマーポケット。
更に、その脇から手を差し入れられる貫通式のポケットも独立して備わっております。
ベルトを締めた状態でも内側のジャケットへ手が届きますので、実用の設計として実に良く出来ているかと思います。
袖口はストラップ仕様。
剣先状のタブに、飴色のボタンが留まります。
そして袖は一枚袖となっております。肩の上に縫い目が乗らない仕立てですので、お客様の肩線にそのまま沿ってくれます。
着丈のある型でありながら重たく見えないのは、この肩の処理によるところが大きいかと思います。
裏地は、言うまでもなくバーバリーチェック。
キャメルの地に、黒と生成り、そして一本の赤。
この配色を初めて世に出したのが1920年代のバーバリーだという事実は、今見ても信じがたいほど完成されていますね。
素材はコットン100%、バーバリークロス(ギャバジン)を採用しています。
寄って見ますと、極細の綾線が緻密に並んでいるのが分かります。
合成繊維のような無機質な滑らかさではなく、指に吸い付くような天然繊維特有の温度がある。それでいて張りは十分で、コートとしての形状をきちんと保ってくれています。
この生地は、着るほどに柔らかくなります。
買った日が完成形ではなく、そこから十年かけてご自身の体に合わせて育っていく。
肩に自分の丸みが入り、袖の付け根に動きの跡が刻まれ、ギャバジン特有の乾いた光沢が出てくる。バーバリーのコットンギャバジンとは、そういう素材です。
カラーは "カーキベージュ" になります。
いわゆるハニーベージュよりわずかに緑みを含んだ、落ち着いた濃度になります。
この色の良さは、開いた時に分かります。
外は静かなカーキ、内はキャメルと黒と赤のチェック。
羽織って前を開けた瞬間、あるいは風でベルトの端が揺れた瞬間だけ、内側の色が覗く。
見せる為の色ではなく、動きの中にだけ現れる色。
実に英国的な奥ゆかしさだと思いませんでしょうか。
タイロッケンは、ベルト一本で全体の印象が決まる型です。
きっちり締めれば、腰の位置が上がってフォーマルに。緩めに巻けば、身頃が落ちてリラックスした表情になってくれます。
同じ一着でこれだけ振り幅が出せる型は、そう多くないかと思います。
スーツの上から羽織って頂ければ、そのままビジネスの装いとして成立してくれます。エポレットがない分、悪目立ちしません。
一方でニットにデニム、足元はブーツという組み合わせでも破綻しない。しっかりとした着丈が、かえってカジュアルを引き締めてくれるかと思います。
サイズ表記は "46 REG"
日本サイズで "L ~ XL" 程度に該当するかと思います。
打ち合わせを深く取る型ですので、着用時の見た目は数値よりもすっきりとまとまってくれます。
袖詰めを経た寸法ではございますが、ジャケットの上から羽織って頂く事を想定しても実用上の不足はございません。
汚れ・ボタン欠損・袖詰め等の使用感はありますが、着用に問題のある大きなダメージは見受けられませんので、まだまだご着用可能かと思います。
まず、袖詰めがされております。
前オーナーによる寸法直しで、コンディション写真にも該当箇所を掲載しておりますので、オリジナルの寸法にこだわりのある方はこの点を必ずご検討ください。
加えてボタンが一つ欠損しており、身頃には小さな汚れが数箇所ございます。いずれも生地の色に近く、遠目には分かりにくい程度のものです。
タイロッケンというだけでも市場ではなかなか見かけません。
そのうえバーバリー製となりますと、日本ライセンス品やレディース合わせが大半を占めます。メンズ合わせで、かつコットン100%。この条件が揃った個体を扱うのは、当ショップでは過去に一度きりです。
バーバリーは今も世界的なブランドとして健在ですが、英国製のコットン100%ギャバジンで仕立てられたタイロッケンは、現行のラインには見当たりません。
ボタンを持たないという百年以上前の決断が、いまも古びていないどころか、むしろ現代のミニマルな価値観に合致してしまっている。
削ぎ落とす事でしか到達できない完成度というものが、確かに存在するのだと思わされます。
トレンチコートはもうお持ちかもしれません。
でしたらこの機会にぜひ、その父にあたる一着を手に取ってみて頂ければ嬉しく思います。