推定1990年代頃、HERMÈS PARIS(エルメス パリス)製『ピッグスキンレザー ハンティングジャケット』になります。
スペシャルアイテムの入荷です。
エルメス自体は当店でも扱ってきましたが、レザーのアウターとなると話は別で、こうして手元に届く事は滅多にありません。
HERMÈS(エルメス)とは、1837年にパリで創業された、言わずと知れたフランスの最高峰メゾン。
ただ、その始まりが服でもバッグでもなく、馬具工房だった事は、意外と語られる機会が少ないように思います。
創業者の "Thierry Hermès(ティエリー・エルメス)" は、パリで馬具、とりわけハーネス(馬の引き具)を作る職人でした。
1867年のパリ万国博覧会で受賞し、貴族や富裕層の馬車を支える工房として名を高めていきます。
1880年には、息子のシャルル=エミールがフォーブル・サントノーレ24番地へ店を移します。
今もエルメスの本店が構えているのが、まさにこの住所なんですね。
転機は20世紀初頭、馬車が自動車に取って代わられていく時代に訪れます。
三代目の "Émile-Maurice(エミール=モーリス)" は、馬具屋のままでは終われないと考え、革の技術を旅行鞄や衣類へと展開していきました。
その過程でカナダから持ち帰り、フランスに広めたのがジッパーです。
当時のフランスでは「エルメスの留め具」と呼ばれるほどで、後の英国王エドワード8世の為にジップ付きのレザージャケットを仕立てた話は、今も語り草になっています。
馬具の工房が、革と金具の扱いを武器にして、装いの世界へ出て行った。
そう捉えると、当個体の面白さも見えやすくなるかと思います。
さて、そんなエルメスから届いたのは、ハーフコートほどの丈を持つハンティングジャケット。
まず目を奪われるのが、左胸に配された大ぶりのフラップポケットです。
このポケット、なんと金具で着脱が出来ます。
ポケット側に付いた差し込み金具を、身頃側のDリングへ嵌める構造で、外せば前身頃はすっきりとした一枚の面に戻ります。
この金具、馬具でいうところの引き手やハーネスを繋ぐ留め具そのものなんですね。
創業以来の道具立てを、そのままジャケットへ持ち込んでしまっている訳です。
いやぁ、こういう事をさらりとやるところが、実にエルメスらしい。
しかも同じ機構が、内側にも一つ用意されています。
裏地の上に、同じピッグスキンのポケットが同じ金具で吊り下げられているんです。
左右のうち片方は現存していない為、元から片側だけの仕様だったのか、あるいは一つのポケットを内外で付け替えて使うものだったのか、正確なところは判断出来かねます。
ただ、どちらであっても面白い服である事に変わりはありません。
それ以外の作りは、驚くほど簡素です。
腰の左右にフラップ付きのポケットが一つずつ。
胸のヨークで一度切り替えを入れ、あとは前身頃をジップで通すだけ。
この静けさがあるからこそ、胸のポケットと金具が際立ってくれるのだと思います。
袖口にはタブが付き、留め具にはエルメスのセリエボタンを採用。
セリエとはフランス語で鞍職人を意味する言葉で、馬具に用いられてきた丸いスナップボタンの事です。
ここにも馬の気配が残っているんですね。
そして羽織った瞬間に現れるのが、サーモンピンクの裏地。
光沢のある生地に "HERMÈS PARIS" のロゴが総柄で織り込まれ、外の落ち着いたキャメルとの対比が鮮やかです。
表は徹底して静か、内側だけが華やか。
この作法は、エルメスのアウターに共通する上品な遊びかと思います。
革は、タグに "PEAU PORC" と記された通りのピッグスキン。
表面をよく見ると、三つ一組の小さな毛穴が規則的に並んでいるのが分かります。
これは豚革だけが持つ特徴で、毛穴が革を貫通している為に通気性が高く、そのうえ軽くて擦れに強いという、実用の面でも極めて優れた革なんです。
手のひらで撫でると、起毛がふわりと寝て、色の見え方がすっと変わります。
肉厚でありながら硬さがなく、羽織った時に肩へ張り付いてこない。
この軽さは、着てみて初めて分かる類のものかと思います。
ピッグスキンのスエードは、使い込むほどに起毛が寝て艶が生まれます。
袖口や裾、ポケットの周りから順に色が深く沈んでいきますので、数年後にはキャメルというより蜂蜜に近い色合いになっているはずです。
カラーは、明るいキャメルベージュ。
光の当たる面は白茶けて、影になる部分は蜂蜜色に沈み、一枚の中に幅のある表情が生まれています。
合わせるなら、濃い色を持ってくると全体が引き締まります。
ネイビーのニットに濃紺のデニム、あるいはグレーのフランネル。
上が明るい分、下を沈ませるだけで重心が整ってくれるかと思います。
丈がありますので、寒い時期はコート代わりに一枚で。
薄手のニットの上に羽織れば、春先や秋口にも活躍してくれるのではないでしょうか。
サイズ表記は "52"
日本サイズで "L ~ XL" 程度に該当するかと思います。
ハーフコートに近い着丈で、身幅・アームホールともにゆとりのある作りです。
厚手のニットを仕込んでも窮屈になりませんので、冬場の主役としてもお使い頂けます。
汚れ・褪色・ポケット欠損等の使用感はありますが、着用に問題のある大きなダメージは見受けられませんので、まだまだご着用可能かと思います。
先に触れた通り、内側の着脱式ポケットは片側のみとなっています。
また、スエード面には所々汚れが見られますが、これは長く着られてきた服の当然の姿だと考えています。
エルメスは今も変わらずフォーブル・サントノーレに在り続けています。
ただ、ポケットを馬具の金具で着脱させるなどという遊びを、現在のメゾンがやってくれる事は、まずないでしょう。
馬具屋として始まった店が、二世紀近く経ってもなお、革と金具で遊んでみせた一着。
胸のポケットを外して、何も付いていない一枚の革として羽織ってみる。
そんな贅沢を味わって頂きたい逸品です。