推定1960年代頃、フランス製 "Ch. Larrieu" の『コットンキャンバス スキーパンツ』になります。
平置きにした瞬間、こちらが思わず笑ってしまうような分量。
腰から腿にかけて大きく膨らみ、膝下でゆるやかに絞られ、足首でリブに収まる、堂々たるバルーンシルエットです。
この輪郭を見て真っ先に浮かんだのは、フランス軍のズアーブパンツでした。
北アフリカに起源を持つズアーブ兵が纏っていた、あのサルエル状の巨大なパンツですね。
フランスという国は、なぜか昔からこの膨らみに執着してきたように思います。
当個体はミリタリーではなくスポーツウェアではございますが、同じ土壌から生えてきた事は、シルエットが雄弁に語ってくれているのではないでしょうか。
ウエストの内側に縫い付けられたタグには、青字でこう印字されています。
「CONFECTION POUR TOUS LES SPORTS」——あらゆるスポーツのための仕立て。その下に流麗な筆記体で "Ch. Larrieu"、そして「6 rue AU MAIRE / PARIS 3」。パリ3区、オー・メール通りに店を構えていたスポーツ用品商の名になります。
その下にもう一枚、サイズがインクで捺されたタグが付属。
プリントタグである事、そして各所にロックミシン——縫い代の端がほつれないよう、かがりながら縫う専用のミシンの事です——が確認できる事から、年代は1960年代前後と見ております。
さて、ディテールを見ていきましょう。
ウエストは1タック仕様。
前身頃にしっかりとタックが取られており、そこから生地が一気に広がっていきます。
ウエストはシャーリングになっておりますので伸縮してくれますし、ベルトループも備わっているので、締めるも緩めるもご自由に調整頂けます。
フロントはボタンフライ。
ジップではなくボタンで留めるこの構造が、この一本の年代を静かに証明してくれています。
手数はかかりますが、その手数こそが古着を穿く理由になるのではないでしょうか。
両腰にはフラップ付きのハンドウォーマーポケットを配置。
縦長の五角形に切られたフラップにボタンが一つ。開口部が縦に走っておりますので、手を差し込んだ時の角度がとても自然です。
そして裾。
細いリブが巻かれておりますが、締め付けはほとんどございません。足首を固定するというより、生地の膨らみを受け止めて自然に収める役割ですね。
ですので裾のシルエットが硬くならず、歩くたびに布が揺れてくれます。
素材はコットン100%のキャンバス。
手に取ると、想像より重い。そして硬いんです。
ガシッという言葉がそのまま当てはまる、密度の高い平織になります。指で押しても沈まず、折り目はしっかりと角を持ってくれます。
この張りがあるからこそ、バルーンシルエットが成立してくれる訳ですね。
柔らかい生地でこの分量を作れば、ただだらしなく落ちるだけになってしまいます。生地が自立するからこそ、あの膨らみが空気を孕んで立体になってくれるんです。
そして長い年月をかけて、折り目に沿って白いアタリが浮き上がっています。膝、腿の付け根、裾のリブの上。
人が動いた軌跡が、そのまま色の抜けとして刻まれておりますね。
この生地は、穿くほどにさらに表情が増していきます。
硬さが少しずつ取れて身体に沿うようになり、新しい折り目には新しいアタリが立ってくる。
前の持ち主が刻んだ線の上に、ご自身の線が重なっていく訳です。その過程こそが、この一本を穿く一番の楽しみではないかと思います。
カラーは "ブラウンベージュ"。
くすんだ土色、あるいは砂を含んだキャメルとでも言うべき濃度になります。
面白いのは、色が均一ではないという点。
アタリの立った箇所は明るいベージュへ抜け、影になる部分は焦茶に近く沈む。一本の中にこれだけの階調が生まれているというのは、新品では絶対に手に入らない表情かと思います。
足首のリブだけが、少し黄みの強いサンドベージュカラー。
素材が違うぶん色も違う訳ですが、この差が裾に小さなアクセントをつくってくれています。
このパンツは、間違いなく主役を張るタイプです。
上半身は徹底して削ぎ落として頂くのが良いかと思います。無地のスウェット、シンプルなニット、白いシャツ。それだけで十分に成立してくれます。
コンパクトなトップスと合わせて、上下のボリューム差を強調するのが最も分かりやすい穿き方ですね。
足元はブーツで裾を受け止めるか、あるいはローテクなスニーカーで軽く外すか。
革靴を合わせて、あえて品よくまとめて頂くのも面白いかと思います。
サイズ表記は "95C"
日本サイズで "M" 程度に該当するかと思います。
ウエストがゴム仕様で大きく伸縮してくれますので、実寸値以上に幅広い体型の方に対応してくれる一本です。
股上は深めに取られており、腿まわりに対して裾がぐっと絞られている。この差こそが、あのバルーンシルエットの正体になります。
股下は長めですので、裾のリブが足首でくしゃりと溜まる穿き方になるかと思います。
実際に穿いてみますと、見た目のインパクトからは想像できないほど楽なんです。
存在感と着心地が両立している、なかなか稀有な一本かと思います。
生地特有のアタリ・汚れ・ボタンの付け替え等の使用感はありますが、着用に問題のある大きなダメージは見受けられませんので、まだまだご着用可能かと思います。
アタリにつきましては劣化ではなく、この個体の表情そのものとお考え頂ければ幸いです。
フレンチヴィンテージのパンツは数多く扱ってまいりましたが、ここまで振り切ったバルーンシルエットは、正直そう多くありません。
当ショップでもこの手の型はあまり買い付けませんので、新鮮な驚きがございました。
そもそも、この分量をコットンキャンバスで作るという発想自体が、現代の量産では成り立たないんですね。
生地の使用量が多いうえに、裾のリブや腰のゴムまで別工程で組み込む必要がある。
スポーツウェアが機能素材へ移行していく直前の、まだ綿で山を登っていた時代にしか存在し得なかった一本かと思います。
膨らんだ布が空気を孕んで、歩くたびに静かに揺れる。
洋服の面白さというのは、案外そういう単純なところにあるのかもしれませんね。そんな事を思い出させてくれる一本です。