推定1960年代頃、GRENFELL(グレンフェル)製『ゴルファージャケット』になります。
正直、この色を待っていました。
グレンフェルは定期的に買い付けているブランドなのですが、古い年代でこのブルーとなると、これがなかなか出てこないんです。
GRENFELL(グレンフェル)とは、イングランド北部ランカシャー州バーンリーの機屋 "Haythornthwaite & Sons(ヘイソーンスウェイト・アンド・サンズ)" が手掛ける、英国を代表するアウターウェアブランド。
始まりは1920年代、一枚の生地でした。
ブランド名の由来となったのは、"Sir Wilfred Grenfell(ウィルフレッド・グレンフェル卿)" という医師。
カナダ東端のラブラドール地方で、極寒の海と氷の上を旅しながら漁民の医療にあたっていた人物です。
彼が求めたのは、氷点下の風を止め、雪と海水を弾き、それでいて身体を動かせる生地。
その注文に応えて織り上げられたのが、後に "Grenfell Cloth(グレンフェルクロス)" と呼ばれる事になる、極めて高密度なコットン地でした。
驚くのはその織り密度です。
1インチ四方に600本を超える糸を打ち込むと言われており、防水加工に頼らずとも、繊維同士の隙間そのものが風と水を跳ね返してくれます。
化学繊維がまだ一般的ではなかった時代に、綿だけでここまでやってのけた訳ですね。
この生地は、すぐに冒険の現場へ持ち出されて行きます。
1930年に英国からオーストラリアへ単独飛行を成し遂げた女性飛行士 "Amy Johnson(エイミー・ジョンソン)" のフライトスーツ、そして1930年代の英国エベレスト遠征隊の装備。
いずれもグレンフェルクロスが用いられたと伝えられています。
やがてブランドは英国王室御用達の栄誉を受け、当個体のラベルにも "BY APPOINTMENT TO HER MAJESTY THE QUEEN" の一行と王室紋章が織り込まれています。
探検の道具として生まれた生地が、王室に認められ、やがて英国紳士の日常着になっていく。
この流れ自体が、実に英国的な話だと思うんです。
さて、今回ご紹介するのは、グレンフェルと言えばまずこれ、と挙げられる代表作 "Golfer Jacket(ゴルファージャケット)" です。
その名の通り、ゴルフのラウンド着として設計されたモデル。
そして設計思想のすべてが、スイングという一つの動作に向けて組み立てられています。
まず袖はラグランスリーブ。
肩に切り替えを置かず、襟元から袖下へ一枚で繋げる裁ち方で、腕を振り上げても肩まわりが一切引き攣れません。
着丈は短く抑えられ、腰から下が完全に自由になっています。
そして背面の裾左右には、バックル式のアジャスターが一つずつ。
裾を絞れば風の巻き込みを止められますし、緩めればゆったりと羽織れる。
ゴルフ場という、風が吹きさらしになる場所で使う為の機構です。
襟は台襟の付いたカラーで、襟裏にはチンストラップが控えています。
これは襟を立てた時に喉元を留めておく為の小さなタブで、当個体では黒蝶貝を思わせる艶のあるボタンが使われています。
この一つがあるかないかで、着姿の説得力がまるで変わってくれます。
フロントはジップアップ。
スライダーとテープが本体と同系のブルーで揃えられていて、閉じた時に金具が主張してこない配慮が効いています。
腰には角を斜めに落としたフラップポケットが左右に一つずつ。
ボタンで留められるので、屈んだ拍子に中身が転がり出る事もありません。
袖口は折り返しの効いたカフスにボタンのタブ付き。
裏地を持たないアンライニング仕立てで、内側から見ても縫製の一本一本が丁寧に処理されています。
そして当個体を特別にしているのが、二枚重ねで縫い付けられたラベルです。
上段は通称「山タグ」。
雪を頂いた山と、それを見上げる登山者のシルエットが織り込まれた、60年代頃までの個体にのみ見られる意匠で、グレンフェルの年代を見極める際の決定的な手掛かりになります。
下段には "E.R.Hughes THE BON LTD. / The Mans Shop / TOWN HILL WREXHAM" の文字。
ウェールズ北東部の街レクサム、タウンヒル通りにあった紳士服店の名です。
この一着が、その店の別注品として仕立てられた事を示しています。
当時の英国では、地方の名店が自店の名を入れて別注を掛けるという商いが当たり前に行われていました。
店主が客の顔を思い浮かべながら色や仕様を決めて発注する。
今ではほとんど見られなくなった関係性が、この小さなラベル一枚に残っている訳です。
生地はもちろんグレンフェルクロス。
ただ、現行品とはまるで手触りが違います。
指を這わせると、モチッとした弾力の後に、すっと滑る面が返ってくる。
密度の高さから来る硬質さと、六十年分の使用が生んだ柔らかさが同居していて、この感触は古い年代の個体でしか味わえないものかと思います。
この生地は、着るほどに身体の形を記憶していきます。
肘の内側、袖の付け根、裾の折り返し。
そういった場所から順に艶が出て、あと数年もすれば、今より一段と味わい深い表情になってくれるはずです。
カラーは、深いブルー。
いわゆるペトロールブルーと呼ばれる、青と緑の間にある色合いです。
市場に流れてくるゴルファージャケットは、グリーンやベージュといった無難な色が大半を占めます。
その中でこの明度のブルーは本当に数が少なく、探しても年単位で出会えない事があるんですね。
そしてこの色、実際に羽織ってみると想像以上に馴染みます。
グレーのスラックスに合わせれば英国的な品の良さが出ますし、白のシャツとデニムだけでも、この色があるだけで一枚の絵になってくれます。
色物を取り入れたいけれど派手になるのは避けたい、という方に、これ以上の選択肢は中々ないのではないでしょうか。
サイズ表記は "42"
日本サイズで "M~L" 程度に該当するかと思います。
ラグランスリーブの構造上、腕まわりには余裕があります。
着丈は短めですので、細身のパンツを合わせて縦の線を作ると、全体の均衡が取りやすいかと思います。
汚れ・褪色・錆・擦れ・ほつれ・小穴等の使用感はありますが、着用に問題のある大きなダメージは見受けられませんので、まだまだご着用可能かと思います。
ブランドは今も英国で続いていますし、ゴルファージャケットも現行のラインナップに残っています。
ただ、地方の紳士服店が自店名を入れて別注を掛けるという商いの形は、もう戻ってこないかと思います。
山タグの付いた、ブルーの一着。
レクサムの紳士服店から始まった六十年の続きを、次の方に託せたらと思います。